第16話 四国のおばあさん 
 
土曜日の午前だった。
通行人の視線が一方向になっているのに気付いた。その方向を見ても物陰で確認出ず、近くの人に尋ねるとおばあさんが倒れていると言う。
 
急いで行ってみると、バスの運転手が「大丈夫ですか?」の声掛けと共に、起こそうとしているが 「イタイ、イタイ!」と言うので、思うようにいかない。そのうち両脇を抱えてやっと立ち上がることが出来たものの、歩くことができない。その運転手は、私の腕章を見て「この荷物を持ってきてもらえますか」と言いながら、おばあさんを背中から抱きかかえるようにして待合室の方へ動き出した。
 
キャスター付キャリーバックに大きめの手提げバック(高齢者にしては大荷物)を持ち、あとを付いて移動した。バスターミナルの待合室に座らせた運転手は、タクシーを呼ぶか、救急車を呼ぶかおばあさんに尋ねるものの返事がない。私は、額の汗を見ておばあさんに「救急車を呼びましょう」というと、本人も「救急車をお願いします」と、息を詰めながら言った。すぐに、ターミナルの警備員に無線でコールしてもらった。
 
すると、運転手は次がありますので、失礼しますと言って去ってしまった。私は軽くうなづき、おばあさんを見守ることとなった。「どうされましたか?」と聞いてみた。
四国から神戸に何度か来るうちに運転手と顔なじみになり、今日も親切だったのでお礼の意味で握手をした。次の瞬間、バスの階段を踏み外して地面まで転げ落ちた、少し落ち着きを取り戻しながら話してくれた。
 
気を紛らわすべく雑談をしていると、遠くから「ピーポー」が聞こえたので、間もなく来ますよ、と伝えると「都会の救急車は早いですねェ」 感心しつつ安心された。すぐに、腰かけている人たちにストレッチャーが来る旨を伝えて、空間を作ってもらった。
 
救急隊員が到着すると、簡単な問診のあと、隊員が、この方の荷物は?と大声で聞くので、私がこの二つです。と言うや否や、「ハイッ、持って車までお願いします」と流れ作業のように進んだ。無事にバックドアが閉まったので、いつもの案内場所に戻った。
 
バスは乗り込む時よりも降りるときに注意しなければと自分に言い聞かせた。